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  代表挨拶 (2020年)

 はじめまして、和プロジェクトTAISHIの宮本辰彦と申します。和プロジェクトTAISHIの和は平和、和の精神、和の国日本を意味します。そして、TAISHIは聖徳太子の太子、大きな志の大志、和と愛を日本から世界へ伝えるアンバサダーの大使を意味します。日本の平和思想「和の精神」を、「WA Spirit」という新たな概念(循環と調和と寛容の精神)として世界へ発信するため、2014年11月29日に立ち上げました。

 その一環として2017年からは書家を中心に和文化に携わる方々やアーティストの皆様と共に、国内では地域活性化の活動と、国内外では日本の平和思想「和の精神」(WA Spirit)を発信する平和活動を行うようになりました。

 また、日本の平和思想「和の精神」の原点である、聖徳太子の著した『十七条憲法』を、世界記憶遺産に登録することを旗印に活動しています。それは西洋が導き出した『フランス人権宣言』の概念(自由、平等、基本的人権)に、極東の「WA」という新たな思想(循環と調和と寛容の精神)を補完することで、人類は真に幸福な社会と世界平和の実現という、新たな段階に入ると考えているからです。

 今日の自由、平等、基本的人権という思想体系の源流にある『イギリス大憲章』や『フランス人権宣言』は、世界の宝として既に世界記憶遺産に登録されています。そこで上述のビジョンを実現させるため、2030年を目標に『十七条憲法』の世界記憶遺産への登録を目指したいと考えています。

 和プロジェクトTAISHIの活動を継続するためには、皆様のご協力とご支援が必要です。何卒よろしくお願いいたします。

和プロジェクトTAISHI代表
宮 本 辰 彦
プロフィール
 
  
和プロジェクトTAISHI5周年記念にあたり (2019年)

『 前人未到の冒険、世界平和の実現を目指して 

 イギリスの作家リットンの名言に「ペンは剣よりも強し」という有名な諺があります。言論には武力以上に、世界を平和的に変える力があるというものです。そこでペンを書に置き換えて「書は剣よりも強し」という志で、ご縁をいただいた全国の書家やアーティスト、仲間の皆様と共に、前人未踏の冒険、世界平和の実現に挑戦しています。

きっかけはパニック症と膠原病の発症

 はじまりは5歳の時に書いた落書きでした。物心ついた頃から私は争いのない、皆が平和で幸せに生きられる世界を夢見ました。ところが大人になるにつれて、それは実現することのない理想に過ぎないと、自分の気持ちにフタをして生きるようになりました。しかし、長い年月を自分の本心を偽り続けた結果、そのストレスからパニック症と膠原病(こうげんびょう)を発症してしまいました。

 常識的な大人であれば、一個人が世界平和の実現を本気で考えるなど、荒唐無稽な絵空事です。ましてや見返りも対価も求めない活動は、怪しさしかありません。
 しかし、このまま自分の本心を偽って、病を悪化させたのでは命を全うできません。ならばたとえ雲をつかむような話であっても、自分の本心にしたがって生きようと決めたのです。すると原因不明だった病はみるみると回復し、私は健康を取り戻していきました。

書家との出会い

 そんな頃、私はある書家と出会いました。そして、大勢の前で書家が願いを込めて渾身の揮毫を行った時、人々のエネルギーが大きく1つにまとまる様子を目の当たりにしました。
 それをきっかけに私は、全国で同日一斉に開催する平和揮毫を思い立ちました。書家との繋がりが全くなかった私は、ネット検索で全都道府県の書家に打診して、私の思いに賛同してくださる書家を探しました。それが9月21日の国際平和デーに、全国47社の護国神社で同日一斉に、書家による平和揮毫を開催した「第1回 9.21世界平和の祈り」の経緯です。

 この3年間、和プロジェクトTAISHIの活動は毎回マスコミで大きく取り上げられ、少しずつではありますが、確実に人々の記憶に残るようになりました。また、全国一斉の平和揮毫を通じて、人と人、宗教と宗教、国と国との「結び」が起こり始めていることを実感しています。そして、こうした心の結び、つまり、共通の志を基にしたコミュニケーションが、真の世界平和へと繋がっていくのだと、確信するようになりました。

プロジェクトの展望・ビジョン

 前人未踏の冒険、世界平和の実現。まるで夢物語のような志を掲げて始まった和プロジェクトTAISHIの活動ですが、確実に成果を上げています。

 4月3日の十七条憲法制定の日に、全国寺院で開催する今年の平和揮毫には、大阪四天王寺、比叡山延暦寺、高野山金剛峰寺が協力してくださることになりました。また、9月21日の国際平和デーに全国48社の護国神社と靖国神社、広島・長崎の平和公園で開催する平和揮毫には、高校書道部も参加するようになりました(2020年は47校参加)。

 海外では2019年のパリでグランド・シナゴーグ・ド・パリ(ユダヤ教)、サン・シュルピス教会(キリスト教)、グランド・モスケ・ド・パリ(イスラム教)という、パリで最も大きな世界三大宗教のそれぞれの施設で、平和揮毫を開催することができました。これは歴史的な快挙といえます。前例のない斬新な企画であったため、地元では大きな話題となりました。詳細はこちらです

プロジェクトのもう1つの目的

 このプロジェクトのテーマは世界平和。そして、日本国と日本国民は元来、和を以て貴としと為す、聖徳太子以来の平和思想「和の精神」を持つ国民国家であることを、国内外に発信すること。そして、日本国民も日本の政治家も、そのことに強いプライドを持っていただくようにすることにあります。

 かつてのアメリカ合衆国は自由の女神像を旗印に、「自分たちは自由主義のリーダー」という強いプライドを持ち、多種多様な移民の国でありながら、その国家信条によって自国を結束させました。
 しかし、現在の日本にはそれがありません。混沌とする国際社会。さらに人口激減で多くの外国人が流入する我が国にとって、自国の立ち位置や国民のアイデンティティーをしっかりと示すこと。そして、そのことに自覚と誇りを持つことは非常に重要です。
 つまり、世界平和とは別に、我が国民国家は和の国、和の民であることを国内外に広く周知させ、そのことに対する誇りを呼び覚すこと、それがこのプロジェクトのもう一つのテーマなのです。

プロジェクトの切実で現実的な理由

 戦後75年、日本が平和に保たれてきたのは、「2度と戦争を起こしてはいけない!」という、日本国民の大多数の悲惨な戦争体験者による、切なる思いでした。それが抑止力となって日本の平和を守られてきました。しかし、今の日本はほとんどが戦後世代です。その抑止力はもうありません。国際社会の成り行き次第では、これから戦争に巻き込まれてもおかしくない国際情勢にあります。そこでそれを回避するためには、次の戦争抑止力が必要です。それが私たち日本人は聖徳太子以来の平和思想を持つ国民国家であるという強いプライドです。その自負こそが日和見外交ではない、確固たる理念に基づく国家戦略を生み出すと私は考えます。

 世の中には冒険家と呼ばれる人たちがいます。世界最高の山を登る。南極を犬ぞりで走破する。海の向こうの新大陸を発見する。人類が未だ見たことのない景色を見ることが冒険だとしたら、体を張った冒険ではありませんが、「世界平和の実現」という人類が未だ見たことのない景色を見ようとする意味では、私も一人の冒険家だと考えています。

 和プロジェクトTAISHIの活動を継続するためには、皆様のご協力とご支援が必要です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
和プロジェクトTAISHI代表
宮本辰彦
 
和プロジェクトTAISHIのサイト設立にあたり (2015年)

『 な か よ く 』

 なぜ私がこのたびの活動を行っているのか。損得や対価を求めることが当然の時代。その枠から外れた私の活動はいぶかられがちです。でもビジネス社会という檻に入れられた生き方はもうやめようと決めたのです。そこで私の胸の内を少しお伝えしたいと思います。

 ここに1枚の写真があります。この写真は5才の頃に、私が書いた落書きです。
 子供たちにとっての秘密基地を20才の頃に訪れたら、この落書きがそのままそこに残っていたので、私は思わずこの「なかよく」という落書きを撮りました。
 それから15年が過ぎ、自分の進むべき道を探していた35才の頃、再びこの写真を見つけ、うっすらと自分のなすべき方向性を感じ始めました。
 それからさらに15年が過ぎ、落書きを書いてから45年が経った時、私が立ち上げた和プロジェクトTAISHIの志が、言い回しをそのまま大人の言葉にしただけで、あの5才当時に書いた「なかよく」という落書きの想いを果たすためのものであることに気づきました。

 私は社会人として、家庭人として、40代後半までずっと思い悩み続けながら生きてきました。そして、戦後のビジネス社会に馴染めきれず、中途半端な生き方をしている自分を責め続けていたのです。
 ビジネス社会とは商いの社会です。そして、商いとは損得が基準の価値観です。得をすれば幸せ、対価を求めることが当然。戦後生まれの人間はたとえ商売人でなくても、多かれ少なかれこの価値観の中で生きています。ですから、損をするような生き方、対価を求めないお人好しは、社会人として考えが甘いとみられがちです。

 たとえば土地価格が高騰すれば、その売買で商いは成り立ちます。ですから商売においては、本来の適正価格と相場は必ずしも一致しません。自己啓発などのさまざまなワークショップやセミナーも同じです。相場に応じてセミナーの料金設定が行われます。中には高額なセミナーがあっても、ビジネス社会においてそれが成り立つのであれば、それは良しとされます。ところが私はそれを良しと割り切ることができませんでした。
 世の中にはそれで良しと考えて問題ないものもあります。しかし、少なくとも私が伝えたい事柄は、相場によって左右されるものでもなければ、需要があるからとそれに便乗して、高額で伝えて良いものではないと考えていたからです。
 しかし、何の後ろ盾も組織のサポートもない中で、そんな理想論や甘い考えでは生活はできません。それも承知していたので、割り切って生きられない不器用な自分を責め、それを情けないと自分を卑下していたのです。

 ところが戦前の人々は違いました。損得ではなく、自分の役割を全うすることに価値をおき、それが出来なければ恥という価値観で生きていました。もちろん戦前の人々も貧しさから抜け出て、裕福になりたいと思っていたことでしょう。しかし、それ以上に自分の役割を全うすることに価値をおいていました。

 ある時、私はそのような自分の先祖の生き方を知る機会を得ました。そして、自分の先祖だけでなく、戦前の多くの日本人がそのような生き方に価値をおいていたことを知りました。幕末の志士たちも損得に価値をおいて生きていたなら、彼らの活動はとても割に合いません。決してあのような命を狙われるような生き方は選ばなかったでしょう。しかし、そんなことではなく、それよりも国を愛し、自分に与えられた命の役割を果たそうとしたのです。この気づきがきっかけとなり、私は吹っ切れたのです。

 よく言われるように戦前と戦後で大きく人々の価値観は変わりました。
 そして、私たちは戦後の価値観の中でこの世に生を受けたので、あたかもこれが全てであり、この世の掟であるかのような錯覚を起こしてしまいがちです。
 しかし、人間の長い歴史を考えれば、このたかだか70年ほどの戦後の価値観。つまり、全てに対価を求める拝金主義の価値観が当然と考えられている世の中は、わずか点のような短い期間に過ぎず、特殊なものでしかありません。しかも既にこの価値観は100年を待たずして、破綻し始めているのです。

 私は神主でもなければ、僧侶でもありません。政治家でもなければ、実業家でもありません。しかし、この世に生を受け、自分に与えられた命の役割を果たすとは何か。
 その答えを探し求めた末に見つけたのが、和プロジェクトTAISHIの取り組みだったのです。「五十にして天命を知る」とは孔子の言葉です。そして、この言葉はそのまま現在の私の心境でもあります。

 2015年、50才になった私は総理大臣宛に親書を送りました。戦後70年の終戦記念日に発表される首相談話に、あるメッセージを織り込んでもらいたかったからです。そこであらゆる可能性を探りました。
 最終的にあるつてから元法務大臣に親書を託すことにしました。そして、その10日後の5月30日に皇居で開催された天皇皇后両陛下の傘寿を祝う会で、親書は元法務大臣から首相補佐官に手渡されました。それがご縁で70年談話が発表された8月14日の10日前に、私は永田町で首相補佐官と1時間半にわたり、面談することになりました。

 現在、私は親書の内容をさらに推し進めるため、そして、我が国が「和の盟主」としてその存在感を国際社会に発揮して、世界の恒久平和に貢献できますよう、さまざまなイベントを国内外で企画開催してまいります。どうか皆様のご賛同とお力添え賜れますよう、よろしくお願い申し上げます。
和プロジェクトTAISHI代表
宮本辰彦



 

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